「プライスコレクション 若冲と江戸絵画展」@京都 その4

(きのうの日記のつづき)

別の発見

また別に発見したのは、同じ江戸時代ではあるが、若冲ら京都の画家の作品と江戸の浮世絵とが今日このようにいっしょに展示されるのは(少なくとも京都では)めずらしいのではないか、ということである。


私がこれまで浮世絵にさほど関心がなかったのは、自発的にそれを見ようとしなかったからであるが、加えてここ京都、そして関西圏で常設的に浮世絵を鑑賞できる場があまりない、というのも一因ではなかろうか。
ここでひとつ文章を紹介したい。これは昨春京都国立博物館で開催された特別展観「18世紀京都画壇の革新者たち」*1のパンフレットにあったものである。

展覧会担当者より


これまで江戸時代の文化を語るとき、往々にして、元禄文化と文化文政(化政)文化が二つの大きな頂点とされることが多かったのです。
そうすると、18世紀はその谷間にあたることになりますが、本当にそうなのでしょうか。
絵画という視点をとれば、江戸時代の京都の18世紀は、文字どおりの黄金時代でありました。池大雅与謝蕪村、呉春、円山応挙長沢芦雪伊藤若冲曾我蕭白、これらの名前を思いうかべれば、むしろ現代にいたるまで、日本絵画がもっとも光彩を放った時代だったということがわかるはずです。
つまり、元禄時代と化政期のあいだこそ、凄みのある絵画の時代だったといえるのです。
そしてその時代を牽引して行ったのが京都でありました。地域としての江戸にあったのは浮世絵しかありません。19世紀に強烈な作品を残した北斎が、蕭白の強い影響下にあったことは今や明らかになりつつあります。
18世紀の京都の画家たちの思う存分の作品を見ることで、日本絵画の真骨頂を知っていただきたいと思います。
                                    京都国立博物館 文化資料課長 狩野博幸

ここでは18世紀における京都の画家の意義が強調され、江戸・浮世絵がそれと対立的に書かれている。といっても狩野氏は浮世絵を否定しているわけではないだろう。ただ、京博の自負というか、「京都の立場」的なものがあらわれているように思われる。

浮世絵と「京都の立場」的なもの

この10年と少しの間、京博では狩野派や応挙や、若冲蕭白の特別展が行なわれた。
しかし浮世絵をフィーチャーした大きな展示はなかったように思う。また平常展示においても浮世絵をみた記憶はない。あくまで私の記憶の範囲ではそうなのだが、実際京博のコレクション中に浮世絵は少ないものと思われる。もし本当にそうであれば、それは京都の地域性が収蔵品に反映したものといえよう。


同じ国立博物館とはいえ、京都は京都、奈良は奈良、東京は東京の地域の特色が*2収蔵品・寄託品の内容や展示のテーマにそれぞれ違いをみせる。東博はまだ一度行っただけで知らない点が多いが、やはり浮世絵のコレクションは他館より勝っているだろう。浮世絵は江戸の地で開花したものだから当然といえる。対して京博が浮世絵作品を多く収蔵していないのだとすれば、それは京都と東京という地域性の相違ゆえである。地域としての京都には浮世絵がない一方で、大雅や応挙、若冲蕭白等の画家が登場した。狩野氏がいいたいのはその凄さなのだろう。


と、京博の例を代表に挙げてみたが、兎にも角にも京都や近隣では、浮世絵をいつでもみられるところは少ないのだ(と思う)。時々、美術館・博物館で催される浮世絵展は別として。
そういう状況だから、今回この京都で、若冲や応挙・芦雪といった京都で活躍した画家の作品と、江戸の浮世絵が一堂に集まった*3のは、なかなかめずらしいことと思われる。このような東西の作品の「同居」は、プライスコレクションという一個人の収集品による展覧会であるからこそ、実現したものといえる。
(つづく)

*1:「18世紀京都画壇の革新者たち」@京都国立博物館(3/25-4/9 2006)。06/3/27の日記参照(未完)。

*2:九州は出来たところでよく知らない。

*3:もちろん展示室は別々だが。